(素人以下の集団ね…… 戦闘に集中しなさいよ……) 手厳しいクーカの評価であった。クーカは無表情で階段の下に転がり落ちて来た男に止めを刺した。(これで十四人…… 全部かな?) クーカは小首を傾げてから台所に向かった。大概の家のブレーカーは台所に有るからだ。 本来なら屋敷の灯りを消してから、中の人間を始末するのが効率が良い。 だが、先に敵が油断していたので順番が逆になってしまったのだ。 ブレーカーを落とすと屋敷の灯りが一斉に消えた。「!」 男の部屋の電気がいきなり消え、窓からの月明かりだけになってしまった。 男の名前は海老原。ここの屋敷の主だった。「だ、誰だっ!」 海老原が声を出すと漆黒の闇の中からクーカが姿を現した。「……貴方を探しに来たわ……」 クーカの目が冷たく光って見えた。「おおおい、居るぞ。 居るぞ。 ここに居るぞっ!」 海老原が受話器に向かって怒鳴りつけていた。しかし、相手から返事が返って来る事は無い。「何をしてるの?」 その行動を不思議に思ったクーカは首を傾げながら訊ねた。「……」 誰も応答しない受話器をチラリと見る海老原。「探したのはこの部屋が最後なのよ?」 クーカの外套の裾からキラリと光る大型ナイフが見え一歩近づいた。「ま、待ってくれっ! お前の望みの物を俺は持って無いっ!」 海老原は銃を机に置いて手のひらを見せた。武器を持たない相手を攻撃しないとの噂を聞いていたからだ。「どういう意味?」 クーカが歩みを止めた。「う、噂を聞いていたんだ……」 海老原はシャツを捲って、自分の腹にある真新しい手術跡をクーカに見せた。「……」 クーカはそれを見て黙り込んでしまった。「どこにあるの?」 だが、取り出したのなら何処かにあるはずと思い当たった。「れ、冷蔵庫の中だ……」 海老原は部屋の隅に有るカウンターバーを指差した。「そう……」 クーカが頷いたのを見ると、海老原は自分でカウンターバーの中に入り何かを開けていた。 普通ならば海老原が何か武器を取り出すのを警戒する所だ。そして、銃なり武器なりを構えるものだ。 だが、クーカはそれをしなかった。 海老原の動作は中年男のもので非常に鈍かったのだ。 彼女なら爪楊枝ひとつで海老原のいのちを頂戴する事が出来るだろう。 つまり、海老原は脅威では無いと
保安室。「みんな集まってくれ……」 室長が部屋に入って来るなり室員を全員招集した。それを聞いた室員は三々五々、室長の机の前に集合した。「もうすぐ東京でG8外務大臣会合が開催される。 ついては国際テロリストであるクーカの所在を明確にせよとのお達しだ」 そこへ出席する欧州の政治家へのテロが心配されていた。つい最近にも欧州の有力政治家が暗殺されたのだ。 もっとも手口がクーカに似ているだけで、彼女の犯行である裏付けは何も無かったらしい。 そのクーカが日本国内に潜伏しているのは、自分たちの国の外相を狙っているのではないかと心配しているのだ。 もっともな意見だった。「我が国の威信が掛かっている。 各員は国内の過激派などの情報の収集に努めてテロを未然に防ぐようにっ!」 参加国の治安機関側から、自分たちに捜査をやらせろとせっつかれたらしい。もちろん、日本の警察のメンツにかけてもそのような事は許すつもりは無い。 だが、CIAからの要求は執拗だった。クーカは自分たちの資源なので勝手に手を出さないようにと繰り返して言って来たのだ。(日本の治安機関の一つである我々がクーカの事を知るや遠慮しなくなった……) その割にはこちらの頼み事を聞かないでは無いかと言いたかったが室長はグッと堪えていた。 彼らの持つ情報網は魅力的だからだ。(恐らくはこちらへの根回し無しで勝手に暗躍してるんだろうがな……) 『失敗したら知らなかった。成功なら成果は自分たちに寄越せ』は彼の国の傲慢さを表していた。 室長はあの組織の怖さも知っているし、利用の仕方も心得ているのだ。「まあ、会場周辺や宿泊施設などの調査は警備警察の役割だ。 そこで、我々はこの事件を追いかける……」 室長が藤井に合図を送った。 画面に閉鎖された工場で起きた未解決事件が表示されていた。「この事件の特徴は被害に遭った男性三人が鋭利な刃物で切られている所です」 犯行現場写真が映し出された。そこには壁にまで飛び散る血痕と主の居ない右手が一つ転がっていた。「二人は出血多量で死亡しましたが、生存者がひとり残っています」 死亡した二人と生存者の写真が表示される。生存者はリーダー格の男だ。「彼は頭のイカレタ女に切られたと言ってます」 リーダー格の男はまだ入院したままのようだった。「頭のイカレタ女?」 室長が藤
多摩川上流の川べり。 クーカは多摩川の上流に来ていた。インターネットで調べた廃キャンプ場跡に用がある為だった。 彼女は山奥に一人で来ていた。街中で焚火をするのは躊躇われるからだ。 ひとり焚き火をするのには訳があった。先日、海老沢から強奪した物ものを燃やしてしまう為だった。 廃キャンプ場跡であれば、人目も気にしないで良かろうと考えたのだ。 茶筒のような物の液体を捨ててから、中身を取りだして新聞紙にくるんだ。 それを焚き火の中に入れて、しばらくはジッと湧き上がる炎を見詰めていた。 薄く煙が空に昇っていく。それを風が攫って行っていた。 クーカの髪を風が撫でていく。それは幼い頃に分かれた母親の手のような優しさだ。「…………」 木々の間を抜ける陽の光。耳元をくすぐる様な暖かさに心が華やいだ。久しく忘れていた感覚だ。 クーカは風に誘われるように空を見上げた。トンビが遥かな高みを目指して飛び上がっていく所だ。(……あなたは風になれるの?) クーカは空を飛ぶ鳥に、心の中で密かに尋ねた。トンビは彼女の思惑など気にせず空を駆けてゆく。(自分にも羽が有ったら良かったのに……) クーカは風になりたかった。そうすれば何も考えずに済む。人の悪意に敏感な生活を送るのはウンザリしはじめているのだ。 暫く空を眺めている間に焚き火の火が小さくなった。クーカは焚き火に水をかけて消した。 消えた焚き火後を暫く見つめていたが、やがて踵を返して歩き去って行った。 その様子を見ている男が居た。先島だ。門田への事情聴取に来たのだが捗々しく行ってなかった。『彼女は男性に襲われたに等しいのですから……』 藤井にそう言われて、家から庭先に追い出されたのだ。男が居ると彼女が怯えてしまうと言われていた。 そして、庭先に出たところで煙に気が付いたのだった。(何だろう……) 煙が上がっている方に行ってみると、焚き火をしている少女がいた。 何となく気になって車に戻って双眼鏡を取りにゆき、木陰から不思議な少女を見てみた。(ん? ……泣いている?) 少女が目元を拭いて空を見上げている所だった。(煙が目に滲みたのか?) しかし、彼女の顔を見て驚愕した。 クーカだった。(本当にクーカなのか?) あれだけ探して見つからなかったのに、こんな人通り無い山中にいる意味が分からなか
(しまったっ!) こちらの駐車場には来ないだろうと思っていたのだ。 先島に気が付かないのか普通に歩いている。きっと駅に向かうのであろう。 もちろん、先島はクーカと直接会った事は無い。 しかし、チョウが狙撃された現場に居た男の顔を彼女は知っているはずだ。 どうしようかと思ったが、ここで引き返すと益々不自然になる。 先島は知らぬ顔しながら、自分の車に戻る事にしたのだ。 クーカと先島がすれ違った。ふと、先島は何気なくクーカの方にに視線を向けてみた。「!」 なんとクーカは横目で睨みつけていたではないか。(ばれていたかっ!) やはり、クーカは先島に気が付いていたのだ。先島は咄嗟に振り向きざまに胸の銃を引き抜き構えた。「くっ!」 すると目の前に拳銃がある。しかも、減音器を付けた小型の拳銃だった。 クーカも銃を引き抜いていたのだ。「……」「……」 二人はお互いに銃を突きつけあったままで睨みあいになってしまった。(どうする……) 警察官の職務として、本来なら武器を捨てる様に勧告するべきなのだが出来ない。先に動いた方が負ける気がするからだ。 先島には無限に思える時間だったが実際は五秒ほどだ。 不意にクーカの目線が動いたかと思うと、自分の銃をさっさとしまってしまった。「?」 同時に先島の背後からなにやら賑やかな声が聞こえて来た。「……」 先島が振り返ると、どこかの家族連れがやって来る所だった。 子供二人を含めた親子連れだ。河原のバーベキューを楽しんで来たのだろう。 彼女が静かに銃をしまった理由が分かった。(無関係な人間を戦闘に巻き込むのは良しとしないのか……) 銃撃戦では狙いの逸れた弾や跳弾で普通の市民が怪我をする事が多いのだ。それは日本では考えられない事だ。 外国などの街中で銃撃戦が始まると、街をゆく人々は地面などに伏せるそうだ。 しかし、日本人だけはボォーっと突っ立て居るのだと聞く。身近に銃犯罪が無いので対処方が分からない弊害であろう。「ふぅ……」 先島がため息をついて振り返ると、クーカは歩いて駐車場を抜ける所だった。(応援を呼んで確保するか……) このまま行かせるかどうかを悩んでしまった。何しろ疑わしいだけでは逮捕できない。しかも、見た目は十代の少女だ。(まあ、それは…… 俺の仕事じゃないな……) 先島は
「ああ、分かってる……」 とりあえず、返答してみた。我ながら間抜けな返事だと先島は思った。もっとも、気の利いた言葉がパッと出て来るのなら、もう少し出世できていたのかもしれない。「ああ、手伝うよ……」 シートベルトを締めるのに手こずるクーカを手助けした。「さっきはあの家族を巻き込まないでいてくれて有難う」 続いて、先島が意外な事を言いだした。クーカはビックリしてしまった。 ぱちくりとした目で先島を見詰めている。「何の事かしら……」 クーカは始めて逢った風を装っている。 闘い終わって褒められることは有ったが、闘わないのを褒められるのは初めてだったからだ。「ところで、日本では武器の所持は禁止されているんだよね……」 そんな先島が言い出した。「そんな物騒な物は持って無いわ」 クーカは助手席の窓を開けて外気を入れた。「自首するという手があるよ?」 先島が話を続けて来た。「何の罪で?」 クーカは素知らぬ顔で答える。「拳銃を持っていたじゃないか」 先程の駐車場での出来事を言っているらしい。「まあ、こんな愛くるしい少女に向かってなんて事を言うのかしら……」 クーカは取り調べを受けても平気なように銃は隠して来た。後で、回収に来れば良いと考えていたのだ。「しかも、殺し屋御用達の減音器まで付いていた奴だ……」 減音器の事を知っているのは流石だと思った。一般的な日本の警察官は銃には詳しくないと聞いていたからだ。「そんな物騒な物は持って無いわ……」 もちろん、減音器もククリナイフも一緒に隠してある。「俺に突きつけたじゃないか……」 クーカは先島を殺すつもりは無かった。そのつもりなら先島は車を運転する方では無く、載せられている方になるからだ。 銃を抜いたのは、先島の殺気に身体が反応してしまったせいだ。 自分でも拙かったと思っていたので、家族連れの接近を察知した時にすぐに退いたのだ。「突きつける? 何の事だか分からないわ」 依頼されても居ない仕事を、彼女はやらない主義だったのだ。それに目に見える脅威と言う程ではない。「あくまでも白を切るつもりなのか?」 先島がムッとし始めた。からかわれていると考えたからだ。もちろん、当たっている。「あら? それじゃあ私の身体検査でもなさる?」 クーカは自分のミニスカートを少しめくってみせた。
保安室。 先島はクーカと遭遇した事を室長に報告していた。「で、本人はクーカだと認めたのか?」 室長はかなり怒っているようだった。それはそうだろう。 クーカは保安室全員で追いかけているテロリストだ。目撃したばかりか接触までしているのに確保しなかったからだ。しかも、報告したのが、取り逃がした後だからだ。「いいえ、認めた訳では無かったですね……」 先島は分かっているだけに何も言わなかった。何を言っても取り逃がした事実が覆される事は無いからだ。 しかし、本当の理由は別の所に有る。 クーカが廃キャンプ場で見せた表情と、国際テロリストの側面とが合わないからだった。 先島は全員が常識と考える事には懐疑的になってしまう部分がある。 それは組織の裏切りに散々な目に逢って来ているせいかもしれない。(きっと裏がある……) クーカほどの殺し屋を日本に呼び寄せた組織があるはずだ。そう先島は考えていた。それが何なのかを探る方を優先する事にした。(目先の事に囚われて本質を見逃すのはもうごめんだしな……) 先島は他の室員には何も言わずにクーカの調査を続けようと考えているのだ。「それで、何か対策は取ってあるんだろうな?」 そんな先島の思いを無視して室長が質問をしてきた。「はい、発信器を彼女の服に付けました」 先島はクーカの外套に発信器を付けたらしい。彼女の行動を分析して、彼なりにクーカを理解しようとしているのかもしれない。「藤井。 発信器三十六番の信号を辿ってくれ」 発信器と言っても十二時間程度しか持たない超小型のものだ。絆創膏みたいな薄型でどこにでも貼り付けることが出来る。しかし、都会などの電波を拾えるエリア限定だった。 先島はシートベルトを締める手伝いをする振りをしてクーカの外套に張り付けていた。「はい」 藤井が返事をして発信器の信号を辿り始めた。 発信器の電波は携帯の無線局を利用して収集出来る仕組みだ。そうすれば三角測定で大まかな位置が特定できる。位置が判れば付近の防犯カメラを利用して対象を探し出せるのだ。 もちろん、違法スレスレな捜査になってしまうが保安室の面々は気にしないようだ。「んーーーーー?」 藤井の指先が軽快にキーボードを叩いている。彼女にとってはいつもの作業だ。 しかし、馴れない人間が見ていると魔法の呪文を打ち込んでいる魔
食品倉庫。 指定された倉庫は国道沿いにあった。そこは商店街からも住宅街からも離れている。ただ、高速道路の入り口が近いと言う理由で選ばれたらしい。 夜になると街灯と防犯用のライトに照らし出されただけの寂しい場所だ。 しかし、夜間だと言うのに門が開いていた。守衛所には人影が無い。(どうやら歓迎会の準備が整っているようなのね……) 歓迎会とは銃でお互いの健康を祝福し合う形式に違いないとクーカは思った。 門を抜け指定された倉庫に行くと扉の所に男が一人いた。体育会系なのかやたらと身体が大きかった。 なおも近づくと自分の後ろに二人付いて来ているのに気が付いた。もっとも、門の影にいるのは分かっていた。 わざわざ、姿を見せて待ち伏せしていたらしい。(愛想のない事……) 映画のように『良く来たな』ぐらいは言っても良いのにと思えたのだ。 ヨハンセンは電話での会話の中に合図を紛れ込ませていたのだ。それはトラブルの合図だ。 クーカが仕事に失敗した事など一度も無い。ヨハンセンが巧く行ったのかと質問する時には、自分がトラブルに巻き込まれているとの合図なのだったのだ。 彼女が探すと言ったのは、ヨハンセンを監禁した相手である。 身に降りかかる火の粉は根元から消してしまうに限るのだ。 扉の男は何も言わずに開けてくれた。扉の中に入ると後ろの男も付いて来ている。 倉庫は見た目が三階建てくらいの高さで、壁にはキャットウォークもある。倉庫の中は空っぽだった。二十メートル四方の少し暗め空間が開かれていた。 クーカは倉庫の中から漂ってくる殺気に気が付いていた。自分の正面には三人いる。彼ら以外からも気配はあった。(女が一人。その両隣に男が二人……) 男たちは武器を持っているのにも気が付いた。スーツを着ているが胸の部分が妙に膨らんでいる。それに、前ボタンを嵌めていないからだ。これは銃を持っている事を意味している。素早く抜けるようにだろう。(ヨハンセンのいけ好かないオードトワレは匂って来ないわね……) クーカの鼻は訓練で敏感に出来ている。聴覚と違って意識的に感度の上げ下げが出来ないのだ。 だから、香水やたばこの煙を嫌がる。(別の場所に監禁されているのか…… もう、何やってんのよ……) ヨハンセンは元傭兵なのだ。アチコチの戦場を渡り歩き実践も豊富のはずだった。 日本
晴れた日の東京湾。 羽田沖の東京湾で釣りをしていると、頭のすぐ上を旅客機が通り過ぎているような錯覚を覚える。 何しろ発着便数は世界有数の巨大空港だからだ。空港を拡張してみたが需要にはまだまだ追い付かないらしい。 そんな羽田空港の周りは、マンションなどの高層ビル群や工場や倉庫が立ち並んでいる。 その様子から多くの人は、東京湾に無機質な印象を持ってしまう。だが、東京湾に面する羽田の沖合は立派な漁場だった。 昔は都市部から排出される生活用水などで、海が汚染されてしまい魚がいなくなっていた。だが、人々の弛まぬ努力の御陰で、水質の改善が進んでいった。 近年では魚も戻ってきており、江戸前漁師の仕事場として復活しているのだ。「今は魚がいっぱい居るよ。 俺たちにとっちゃあ、東京湾さまさまだよ」 そう言って東京湾で漁を営む漁師たちは笑っていた。 そんなある日、漁師の一人が手慣れた手つきでアナゴの仕掛けを引き上げていた。海からは次々と筒状の仕掛けが上がって来る。 ここ数日の天候は快晴。過ごしやすい日が続いていた。(海も荒れて無かったし、今日は大量になるかもしれんな……) そんな事を考えながら次々と上がって来る仕掛けを眺めていた。照り付ける太陽とささやかな海風が漁師の気分をほぐしいく。 昔はロープに結んだ仕掛けを手作業で引き上げていたが、今は船に設置したモーターでロープを引き上げている。(まったく…… いい時代になったもんだ……) 漁師は漁が終ったら馴染みの店に行って、カラオケでも歌おうかと鼻歌を口ずさみだした。 すると、何個かの仕掛けを上げ終わったところで、引き上げ用のモーターが異音を発し始めた。仕掛け用のロープに多大な荷重がかけられているのだ。「ん?」 漁師は怪訝な顔をした。仕掛け自体は重いものでは無いし、掛かった獲物が大きいと言っても限度がある。 アナゴ以外の物を引っ掛けてしまったのは明白だ。「アチャー。 また粗大ゴミでも引っ掛けてしまったか……」 昨日も小型冷蔵庫を引き上げたばかりだった。「……ったく、ゴミ代くらいケチケチすんなよ……」 今の日本ではゴミを捨てるのにもお金がかかる。少しでも節約したい人はどこかの空き地や川などに投げ込んでしまうのだ。 もちろん、不法行為で非常に迷惑な話だが、他人の迷惑など省みない人はどこにでもいる
食品倉庫。 指定された倉庫は国道沿いにあった。そこは商店街からも住宅街からも離れている。ただ、高速道路の入り口が近いと言う理由で選ばれたらしい。 夜になると街灯と防犯用のライトに照らし出されただけの寂しい場所だ。 しかし、夜間だと言うのに門が開いていた。守衛所には人影が無い。(どうやら歓迎会の準備が整っているようなのね……) 歓迎会とは銃でお互いの健康を祝福し合う形式に違いないとクーカは思った。 門を抜け指定された倉庫に行くと扉の所に男が一人いた。体育会系なのかやたらと身体が大きかった。 なおも近づくと自分の後ろに二人付いて来ているのに気が付いた。もっとも、門の影にいるのは分かっていた。 わざわざ、姿を見せて待ち伏せしていたらしい。(愛想のない事……) 映画のように『良く来たな』ぐらいは言っても良いのにと思えたのだ。 ヨハンセンは電話での会話の中に合図を紛れ込ませていたのだ。それはトラブルの合図だ。 クーカが仕事に失敗した事など一度も無い。ヨハンセンが巧く行ったのかと質問する時には、自分がトラブルに巻き込まれているとの合図なのだったのだ。 彼女が探すと言ったのは、ヨハンセンを監禁した相手である。 身に降りかかる火の粉は根元から消してしまうに限るのだ。 扉の男は何も言わずに開けてくれた。扉の中に入ると後ろの男も付いて来ている。 倉庫は見た目が三階建てくらいの高さで、壁にはキャットウォークもある。倉庫の中は空っぽだった。二十メートル四方の少し暗め空間が開かれていた。 クーカは倉庫の中から漂ってくる殺気に気が付いていた。自分の正面には三人いる。彼ら以外からも気配はあった。(女が一人。その両隣に男が二人……) 男たちは武器を持っているのにも気が付いた。スーツを着ているが胸の部分が妙に膨らんでいる。それに、前ボタンを嵌めていないからだ。これは銃を持っている事を意味している。素早く抜けるようにだろう。(ヨハンセンのいけ好かないオードトワレは匂って来ないわね……) クーカの鼻は訓練で敏感に出来ている。聴覚と違って意識的に感度の上げ下げが出来ないのだ。 だから、香水やたばこの煙を嫌がる。(別の場所に監禁されているのか…… もう、何やってんのよ……) ヨハンセンは元傭兵なのだ。アチコチの戦場を渡り歩き実践も豊富のはずだった。 日本
保安室。 先島はクーカと遭遇した事を室長に報告していた。「で、本人はクーカだと認めたのか?」 室長はかなり怒っているようだった。それはそうだろう。 クーカは保安室全員で追いかけているテロリストだ。目撃したばかりか接触までしているのに確保しなかったからだ。しかも、報告したのが、取り逃がした後だからだ。「いいえ、認めた訳では無かったですね……」 先島は分かっているだけに何も言わなかった。何を言っても取り逃がした事実が覆される事は無いからだ。 しかし、本当の理由は別の所に有る。 クーカが廃キャンプ場で見せた表情と、国際テロリストの側面とが合わないからだった。 先島は全員が常識と考える事には懐疑的になってしまう部分がある。 それは組織の裏切りに散々な目に逢って来ているせいかもしれない。(きっと裏がある……) クーカほどの殺し屋を日本に呼び寄せた組織があるはずだ。そう先島は考えていた。それが何なのかを探る方を優先する事にした。(目先の事に囚われて本質を見逃すのはもうごめんだしな……) 先島は他の室員には何も言わずにクーカの調査を続けようと考えているのだ。「それで、何か対策は取ってあるんだろうな?」 そんな先島の思いを無視して室長が質問をしてきた。「はい、発信器を彼女の服に付けました」 先島はクーカの外套に発信器を付けたらしい。彼女の行動を分析して、彼なりにクーカを理解しようとしているのかもしれない。「藤井。 発信器三十六番の信号を辿ってくれ」 発信器と言っても十二時間程度しか持たない超小型のものだ。絆創膏みたいな薄型でどこにでも貼り付けることが出来る。しかし、都会などの電波を拾えるエリア限定だった。 先島はシートベルトを締める手伝いをする振りをしてクーカの外套に張り付けていた。「はい」 藤井が返事をして発信器の信号を辿り始めた。 発信器の電波は携帯の無線局を利用して収集出来る仕組みだ。そうすれば三角測定で大まかな位置が特定できる。位置が判れば付近の防犯カメラを利用して対象を探し出せるのだ。 もちろん、違法スレスレな捜査になってしまうが保安室の面々は気にしないようだ。「んーーーーー?」 藤井の指先が軽快にキーボードを叩いている。彼女にとってはいつもの作業だ。 しかし、馴れない人間が見ていると魔法の呪文を打ち込んでいる魔
「ああ、分かってる……」 とりあえず、返答してみた。我ながら間抜けな返事だと先島は思った。もっとも、気の利いた言葉がパッと出て来るのなら、もう少し出世できていたのかもしれない。「ああ、手伝うよ……」 シートベルトを締めるのに手こずるクーカを手助けした。「さっきはあの家族を巻き込まないでいてくれて有難う」 続いて、先島が意外な事を言いだした。クーカはビックリしてしまった。 ぱちくりとした目で先島を見詰めている。「何の事かしら……」 クーカは始めて逢った風を装っている。 闘い終わって褒められることは有ったが、闘わないのを褒められるのは初めてだったからだ。「ところで、日本では武器の所持は禁止されているんだよね……」 そんな先島が言い出した。「そんな物騒な物は持って無いわ」 クーカは助手席の窓を開けて外気を入れた。「自首するという手があるよ?」 先島が話を続けて来た。「何の罪で?」 クーカは素知らぬ顔で答える。「拳銃を持っていたじゃないか」 先程の駐車場での出来事を言っているらしい。「まあ、こんな愛くるしい少女に向かってなんて事を言うのかしら……」 クーカは取り調べを受けても平気なように銃は隠して来た。後で、回収に来れば良いと考えていたのだ。「しかも、殺し屋御用達の減音器まで付いていた奴だ……」 減音器の事を知っているのは流石だと思った。一般的な日本の警察官は銃には詳しくないと聞いていたからだ。「そんな物騒な物は持って無いわ……」 もちろん、減音器もククリナイフも一緒に隠してある。「俺に突きつけたじゃないか……」 クーカは先島を殺すつもりは無かった。そのつもりなら先島は車を運転する方では無く、載せられている方になるからだ。 銃を抜いたのは、先島の殺気に身体が反応してしまったせいだ。 自分でも拙かったと思っていたので、家族連れの接近を察知した時にすぐに退いたのだ。「突きつける? 何の事だか分からないわ」 依頼されても居ない仕事を、彼女はやらない主義だったのだ。それに目に見える脅威と言う程ではない。「あくまでも白を切るつもりなのか?」 先島がムッとし始めた。からかわれていると考えたからだ。もちろん、当たっている。「あら? それじゃあ私の身体検査でもなさる?」 クーカは自分のミニスカートを少しめくってみせた。
(しまったっ!) こちらの駐車場には来ないだろうと思っていたのだ。 先島に気が付かないのか普通に歩いている。きっと駅に向かうのであろう。 もちろん、先島はクーカと直接会った事は無い。 しかし、チョウが狙撃された現場に居た男の顔を彼女は知っているはずだ。 どうしようかと思ったが、ここで引き返すと益々不自然になる。 先島は知らぬ顔しながら、自分の車に戻る事にしたのだ。 クーカと先島がすれ違った。ふと、先島は何気なくクーカの方にに視線を向けてみた。「!」 なんとクーカは横目で睨みつけていたではないか。(ばれていたかっ!) やはり、クーカは先島に気が付いていたのだ。先島は咄嗟に振り向きざまに胸の銃を引き抜き構えた。「くっ!」 すると目の前に拳銃がある。しかも、減音器を付けた小型の拳銃だった。 クーカも銃を引き抜いていたのだ。「……」「……」 二人はお互いに銃を突きつけあったままで睨みあいになってしまった。(どうする……) 警察官の職務として、本来なら武器を捨てる様に勧告するべきなのだが出来ない。先に動いた方が負ける気がするからだ。 先島には無限に思える時間だったが実際は五秒ほどだ。 不意にクーカの目線が動いたかと思うと、自分の銃をさっさとしまってしまった。「?」 同時に先島の背後からなにやら賑やかな声が聞こえて来た。「……」 先島が振り返ると、どこかの家族連れがやって来る所だった。 子供二人を含めた親子連れだ。河原のバーベキューを楽しんで来たのだろう。 彼女が静かに銃をしまった理由が分かった。(無関係な人間を戦闘に巻き込むのは良しとしないのか……) 銃撃戦では狙いの逸れた弾や跳弾で普通の市民が怪我をする事が多いのだ。それは日本では考えられない事だ。 外国などの街中で銃撃戦が始まると、街をゆく人々は地面などに伏せるそうだ。 しかし、日本人だけはボォーっと突っ立て居るのだと聞く。身近に銃犯罪が無いので対処方が分からない弊害であろう。「ふぅ……」 先島がため息をついて振り返ると、クーカは歩いて駐車場を抜ける所だった。(応援を呼んで確保するか……) このまま行かせるかどうかを悩んでしまった。何しろ疑わしいだけでは逮捕できない。しかも、見た目は十代の少女だ。(まあ、それは…… 俺の仕事じゃないな……) 先島は
多摩川上流の川べり。 クーカは多摩川の上流に来ていた。インターネットで調べた廃キャンプ場跡に用がある為だった。 彼女は山奥に一人で来ていた。街中で焚火をするのは躊躇われるからだ。 ひとり焚き火をするのには訳があった。先日、海老沢から強奪した物ものを燃やしてしまう為だった。 廃キャンプ場跡であれば、人目も気にしないで良かろうと考えたのだ。 茶筒のような物の液体を捨ててから、中身を取りだして新聞紙にくるんだ。 それを焚き火の中に入れて、しばらくはジッと湧き上がる炎を見詰めていた。 薄く煙が空に昇っていく。それを風が攫って行っていた。 クーカの髪を風が撫でていく。それは幼い頃に分かれた母親の手のような優しさだ。「…………」 木々の間を抜ける陽の光。耳元をくすぐる様な暖かさに心が華やいだ。久しく忘れていた感覚だ。 クーカは風に誘われるように空を見上げた。トンビが遥かな高みを目指して飛び上がっていく所だ。(……あなたは風になれるの?) クーカは空を飛ぶ鳥に、心の中で密かに尋ねた。トンビは彼女の思惑など気にせず空を駆けてゆく。(自分にも羽が有ったら良かったのに……) クーカは風になりたかった。そうすれば何も考えずに済む。人の悪意に敏感な生活を送るのはウンザリしはじめているのだ。 暫く空を眺めている間に焚き火の火が小さくなった。クーカは焚き火に水をかけて消した。 消えた焚き火後を暫く見つめていたが、やがて踵を返して歩き去って行った。 その様子を見ている男が居た。先島だ。門田への事情聴取に来たのだが捗々しく行ってなかった。『彼女は男性に襲われたに等しいのですから……』 藤井にそう言われて、家から庭先に追い出されたのだ。男が居ると彼女が怯えてしまうと言われていた。 そして、庭先に出たところで煙に気が付いたのだった。(何だろう……) 煙が上がっている方に行ってみると、焚き火をしている少女がいた。 何となく気になって車に戻って双眼鏡を取りにゆき、木陰から不思議な少女を見てみた。(ん? ……泣いている?) 少女が目元を拭いて空を見上げている所だった。(煙が目に滲みたのか?) しかし、彼女の顔を見て驚愕した。 クーカだった。(本当にクーカなのか?) あれだけ探して見つからなかったのに、こんな人通り無い山中にいる意味が分からなか
保安室。「みんな集まってくれ……」 室長が部屋に入って来るなり室員を全員招集した。それを聞いた室員は三々五々、室長の机の前に集合した。「もうすぐ東京でG8外務大臣会合が開催される。 ついては国際テロリストであるクーカの所在を明確にせよとのお達しだ」 そこへ出席する欧州の政治家へのテロが心配されていた。つい最近にも欧州の有力政治家が暗殺されたのだ。 もっとも手口がクーカに似ているだけで、彼女の犯行である裏付けは何も無かったらしい。 そのクーカが日本国内に潜伏しているのは、自分たちの国の外相を狙っているのではないかと心配しているのだ。 もっともな意見だった。「我が国の威信が掛かっている。 各員は国内の過激派などの情報の収集に努めてテロを未然に防ぐようにっ!」 参加国の治安機関側から、自分たちに捜査をやらせろとせっつかれたらしい。もちろん、日本の警察のメンツにかけてもそのような事は許すつもりは無い。 だが、CIAからの要求は執拗だった。クーカは自分たちの資源なので勝手に手を出さないようにと繰り返して言って来たのだ。(日本の治安機関の一つである我々がクーカの事を知るや遠慮しなくなった……) その割にはこちらの頼み事を聞かないでは無いかと言いたかったが室長はグッと堪えていた。 彼らの持つ情報網は魅力的だからだ。(恐らくはこちらへの根回し無しで勝手に暗躍してるんだろうがな……) 『失敗したら知らなかった。成功なら成果は自分たちに寄越せ』は彼の国の傲慢さを表していた。 室長はあの組織の怖さも知っているし、利用の仕方も心得ているのだ。「まあ、会場周辺や宿泊施設などの調査は警備警察の役割だ。 そこで、我々はこの事件を追いかける……」 室長が藤井に合図を送った。 画面に閉鎖された工場で起きた未解決事件が表示されていた。「この事件の特徴は被害に遭った男性三人が鋭利な刃物で切られている所です」 犯行現場写真が映し出された。そこには壁にまで飛び散る血痕と主の居ない右手が一つ転がっていた。「二人は出血多量で死亡しましたが、生存者がひとり残っています」 死亡した二人と生存者の写真が表示される。生存者はリーダー格の男だ。「彼は頭のイカレタ女に切られたと言ってます」 リーダー格の男はまだ入院したままのようだった。「頭のイカレタ女?」 室長が藤
(素人以下の集団ね…… 戦闘に集中しなさいよ……) 手厳しいクーカの評価であった。クーカは無表情で階段の下に転がり落ちて来た男に止めを刺した。(これで十四人…… 全部かな?) クーカは小首を傾げてから台所に向かった。大概の家のブレーカーは台所に有るからだ。 本来なら屋敷の灯りを消してから、中の人間を始末するのが効率が良い。 だが、先に敵が油断していたので順番が逆になってしまったのだ。 ブレーカーを落とすと屋敷の灯りが一斉に消えた。「!」 男の部屋の電気がいきなり消え、窓からの月明かりだけになってしまった。 男の名前は海老原。ここの屋敷の主だった。「だ、誰だっ!」 海老原が声を出すと漆黒の闇の中からクーカが姿を現した。「……貴方を探しに来たわ……」 クーカの目が冷たく光って見えた。「おおおい、居るぞ。 居るぞ。 ここに居るぞっ!」 海老原が受話器に向かって怒鳴りつけていた。しかし、相手から返事が返って来る事は無い。「何をしてるの?」 その行動を不思議に思ったクーカは首を傾げながら訊ねた。「……」 誰も応答しない受話器をチラリと見る海老原。「探したのはこの部屋が最後なのよ?」 クーカの外套の裾からキラリと光る大型ナイフが見え一歩近づいた。「ま、待ってくれっ! お前の望みの物を俺は持って無いっ!」 海老原は銃を机に置いて手のひらを見せた。武器を持たない相手を攻撃しないとの噂を聞いていたからだ。「どういう意味?」 クーカが歩みを止めた。「う、噂を聞いていたんだ……」 海老原はシャツを捲って、自分の腹にある真新しい手術跡をクーカに見せた。「……」 クーカはそれを見て黙り込んでしまった。「どこにあるの?」 だが、取り出したのなら何処かにあるはずと思い当たった。「れ、冷蔵庫の中だ……」 海老原は部屋の隅に有るカウンターバーを指差した。「そう……」 クーカが頷いたのを見ると、海老原は自分でカウンターバーの中に入り何かを開けていた。 普通ならば海老原が何か武器を取り出すのを警戒する所だ。そして、銃なり武器なりを構えるものだ。 だが、クーカはそれをしなかった。 海老原の動作は中年男のもので非常に鈍かったのだ。 彼女なら爪楊枝ひとつで海老原のいのちを頂戴する事が出来るだろう。 つまり、海老原は脅威では無いと
(これが終ったら探しに行かなきゃ……) ヨハンセンは無事に逃げたのだろうかと考えたが直ぐに頭から追い払った。(あの男が簡単に死ぬわけないわね……) 屋敷の奥に向かおうとすると部屋の一つが賑やかな事に気が付いた。 ドアに耳を着けて様子を伺うと何人かいるらしい。『どんなゴツイ殺し屋だか知らねぇが、これだけの人数相手には敵わねぇだろ』 誰かがそんな事を言っている。賛同するかのような笑い声も聞こえて来る。(ゴツイ殺し屋って…… こんな可憐な乙女を捕まえて失礼ね……) 可憐だが『非常に危険な』乙女のクーカは小鼻に皺を作っていた。怒っているらしい。 いきなり部屋の両開きドアを開けた。 その部屋には六人程いるのが見えた。人数と男たちの位置を確認したクーカは部屋に飛び込んだ。「えっ!?」 いきなり部屋のドアが開いたかと思うと、女の子が飛び込んで来てビックリしない人間は居ない。 それは数秒間の空白を生んでしまった。その初動の遅れを男たちは自分の命で支払う事になる。 クーカはこういう強襲の時には相対する人物は全て始末する事にしている。 武器所持の有無を確認している手間が惜しいからだ。それに情けをかけてやる義理も無い。 まず、入り口に付近に居た男の首を撥ね飛ばした。男は立ち尽くしたまま首から鮮血を吹きださしている。 クーカは次の目標に狙いを定めようとした。しかし、奥に居た男が立ち上がるのが見えた。「誰だてめぇわっ!」 怒鳴り声が聞こえて男が何かを構えた。 カラシニコフ。ロシア製で頑丈なだけが取り柄のアサルトライフルだ。しかし、弾丸の発射速度が速く中々厄介な代物だ。 男はフルオートでクーカに向かって弾丸を送り出し始めた。クーカの周りに木の破片が舞い始める。 クーカは射線から逃れるべくジャンプして壁に取り付いた。 そして、そのまま壁を走るかのように伝って自分の銃を構え連射する相手に連射した。 壁に取り付いたのはカラシニコフを構える男の間に二人男がいたせいだ。 二人が邪魔で射線を確保できないしナイフで切り刻むにも距離がある。 まず、自分にとって脅威になる敵を屠るのは近接戦闘のセオリーだ。 カラシニコフを構えた男はクーカの連射を腹に受けて前屈みなってしまった。 しかし、引き金から指を話そうとしなかったので連射が続いてしまった。「ぐあああ
洋風の屋敷。 ヨハンセンから入手した情報ではここの家の主が該当者だ。 屋敷は洋風で二階建。 結構広いので該当者を探すのが大変そうな印象を受ける。 しかし、こういう屋敷に住む人間は玄関から遠い部屋に居ると決まっている。 きっと、襲撃者を恐れているのだろう。(怖いのなら最初から大人しくしていれば良いのに……) 世界中の財界人や犯罪組織の首領を襲ったが、何故か共通して奥の部屋に居るのが不思議だった。(まあ、全員やっつけるから関係無いか……) そんな事を呑気に考えながら隣家の屋根の上へと跳躍した。屋敷内を観察する為だ。 何より防犯カメラを隣家に向けている人は少ないのもある。 屋根の上から見た限りでは庭先に二人ほど居た。片手を懐に入れたままで懐中電灯で辺りを照らしながら警戒している。(懐には銃を持っている…… 屋敷には見えるだけで一階に三人、二階に二人…… 屋根の上に無し) 動き回っているのが七人なら、その倍の人数がいると考えるべきだとクーカは推測した。 敵地の強襲は偵察の優劣で決まると訓練で教わった。彼女は極めて優秀な偵察兵でもあったのだ。 クーカは観察を終えると屋根の上から跳躍して、洋館の壁と庭の樹木の隙間に着地した。 庭に着地したクーカは音も無く移動して庭樹の陰に隠れた。そして、庭の見張りが自分から一直線上に来るのをまった。「!」 彼らが並んだと思った瞬間に木の影から飛び出し、ククリナイフで彼らの喉と懐に入った腕の腱を切断した。 見張りの二人は何か黒い影が横切ったと見えたのが最後の光景となってしまった。 二人を切った後、クーカはその場にしゃがんで屋敷内の様子を伺った。 ジッとしているのは、彼女の黒い衣装はパッと見には分かりづらいからだ。(見つかってない……) そう、判断したクーカは屋敷の窓から侵入した。玄関には誰かしらいるのは自明の理だからだ。 廊下の角の所に男がいる。本人は巧く隠れたつもりらしいが足先が見えていた。 こちらの接近に気が付いて角を曲がった所で襲う腹であろう。 クーカは無言のままスタスタ歩き、懐から減音器付きの拳銃を取り出した。グロック26。 小柄な彼女が握った時にしっくりと来る大きさの銃だ。「……」 彼女は躊躇する事無く男の爪先を撃った。「あぐっ!」 爪先に走る激痛に男は思わず前屈みになっ